『海を見る人』 小林泰三

海を見る人 (ハヤカワ文庫 JA) 海を見る人

ハヤカワ文庫っていえばSFなイメージで、

難しそうだなって思ったのだけどタイトルから、

ヘミングウェイの『老人と海』を連想させられ気になってしまい、

後書きなどを読んでみると解説に、

計算機を片手に読んでなど書いてあったので断念しようと思ったが、

ハリーポッターみたいに読めばいいんだよと作者が語っていたので、

買ってみることにした、表紙もなんかいい雰囲気なので。

この本は7つの短編。

同じ世界なんだろうなとは思うけど、独立した7つの物語。

少女が先生と呼ばれる人物に7つの物語を語る形式になっている。

科学の話でなく、物語を聞きたい。

不思議でせつない物語を聞きたいと言う少女に、

語る物語は、ほんとにバラバラなんだけど、

重力っというもので繋がっているのだと思う。

これは宇宙の物語で、不思議な世界の物語で、未来の物語。

地球のように内側へ重力が、かかる世界でなく、

外側へと引っ張られる外の世界の物語。

重力に縛られながらも、必死にもがいていく話なんだと思う。

あるいは何かの縛りからもがいていく話といっても良いと思う。

・「時計の中のレンズ」

遊牧民族の少年村長が、歪んだ円筒世界から楕円体世界を目指す物語。

崑崙とか単語が出てくると古代中国を、

遊牧民族というとモンゴルを連想するのだけど、

地球の話ではない……と思う。

政治の話だったり、恋愛要素も混じったりしてるけど、

本質的には冒険譚何だと思う。摩訶不思議な冒険譚。

小さな村長の頑張りが妙に微笑ましかったりもした。

・「独裁者の掟」

途中から物語がこんがらがってしまい、

読み進めていくと、ようやく全てがわかった気がしたが、

どこからどこが?

と、不思議な気分の物語。

冷徹な独裁者と、小さな少女の物語が交互に語られていくこの話。

この『海を見る人』の中で一番好き。

冷徹な独裁者の苦悩と少女の苦悩がピタリとハマる瞬間が、

素晴らしくも、悲しい物語。

彼女は良い人?それとも悪い人?

何かがひっくりかえったような気がするわ。

物語を聞いた少女が先生に問いかける。

その答えを決めつけることは僕にもできない。

「いいえ。わたしは償うのよ」

最後の一文が、物哀しい。

・「天国と地獄」

僕の読解力と想像力の足りなさのせいで、

どうも物語の世界が上手くとらえきれなかった。

だけど、こういうものと思いこめば楽しめた。

魔法の世界では、その魔法の在り方の原理はわからなくたって楽しめる。

SFの世界での科学の在り方の原理がわからなくてもまたしかり。

これは何が目的かはよくわからなかった。

ただ、登場人物が生きていこうとしていた。

生きていく目的がある人物も、特にはそんな目的があるとはわからない人物も。

難しいけどオーソドックスなSFだと思う。

あくまで僕がイメージする未来の宇宙世界のSF。

それでいてミステリアスで、とても大きい話。

世界の秘密という壮大なミステリーに挑むことになる話。

結末は悲しいけど、そこに至る過程はとても興奮した。

・「キャッシュ」

いわゆる仮想現実を舞台にした話。

嘘の世界とも語られているが、嘘で済むような話ではなかった。

誰もがそこの世界は仮想世界としていながら生活する世界。

仮想と現実が狂ってしまうとまでいかないが、

仮想と現実の差異からなるバグが仮想世界を追い詰める話。

これもなかなか面白かった。

主人公が、探偵ということからか、ややハードボイルドテイスト。

アリスのひとかけらが世界に残っている。

そうあれば良いなと願いたい。

・「母と子と渦を旋る冒険」

一言で言うと子供の視点で語られる母の元に帰る物語。

だけど、その一言じゃ全然済まない話。

話自体は、本当に母の所に帰ろうとするだけの話なんだけど、

母と子に「渦」が加わってくるので、SFになってくる。

SFというか科学とか物理の話。

母と子の関係もただの母と子でないので、SF。

人間ではなく生物。高度な知識を得た科学生物といった印象。

・「海を見る人」

表題作。実に哀愁漂う。

SFとかじゃなく、普通の物語としても素晴らしい作品だと思う。

カムロミという少女がでてきて、

一瞬「天国と地獄」の主人公のカムロギと関連するかと思いきや、

そんなことは全然ない、独立した話だった。

場所によって流れる時間が違う世界を舞台にしたこの話。

違う時間の流れ方をする村同士に住む少年と少女の話。

少年が、海の向こうにいる少女を眺めていたという話。

はっきり言ってラブストーリー。

とっても綺麗でとっても残酷なラブストーリーといったら、

ありふれている。ありふれているけど、やっぱり良い話。

・「門」

すべての終わりと始まりの物語と先生から語られるこの物語。

時間を越えることの出来る門で行われた物語。

原因は結果となり、結果は原因となる。

まさにSFで、ようやくきたハッピーエンド。

若い少女の宇宙戦艦艦長と辺境のコロニーに住む少年。

そして少年ら、コロニーに住む人々の先生である大姉の3人を廻る物語。

ミルフィーユを食べながら読むのが正解な物語。

と、こんな7つの物語の短編集。

SFが苦手でも楽しめるというのは嘘じゃない。どれも感慨深い。

「門」を最後に持ってきたのは正解だなぁ。

おかげで読了感が、すがすがしい。