『きつねのはなし』 森見登美彦

きつねのはなし きつねのはなし

子どもの頃、夕暮れ時の道にできる影が

何か、恐ろしいモノに見えて、駆け抜けてその場を抜けたことがある。

あたりが静まり返りった夜、あまり車が通らない暗闇のトンネルの中に

怪異が潜んでいる気がしたことがある。

ポタリと落ちる、雨の雫がひどく不気味に思えたことがある。

誰もが気のせいだよといって、相手にもしてくれないようなだけど

僕はひどく不安になって、どうか何も起こりませんようにと願うが

心の奥底では、何かが起こって欲しいと矛盾した思い抱えていた。

そんな思いは今でも同じで、僕は幻想を抱えて生きている。

この『きつねのはなし』に、

そんな遠い日の記憶を呼び起こせさられた気がした。

誰も何もその怪異を教えてくれないし、

本当に、そんなことがあったのかどうかと不安になる。

まさに、狐につつまれるような奇譚集だった。

薄闇の古都でみた悪い夢。

目覚めても夢の続きにいるような。

狐に化かされたような不思議な感覚だった。

それぞれの章が、どう繋がっているのか、

それともまったく繋がっていないのか、

舞台は同じようだが、実際は同じながら、どこか別の場所かもしれない。

古都、京都という舞台も、何か怪異が潜んでいる気がしてくる。

どの短編でも、若者が主人公だ。

子どもにしか妖怪は、見ることができないというが

このはなしでは、若者にしか感じることが

できない何かが潜んでいる気さえ感じる。

さっきから、“感じる” “思う” “気がする”という表現を

よく使っているが、怪異の答えは用意されていないからか

まさに、そんなあやふやな感覚がぴったりな『きつねのはなし』だった。