『21世紀を生きる君たちへ』 司馬遼太郎

二十一世紀に生きる君たちへ二十一世紀に生きる君たちへ

もうすぐ2007年を迎えることとなっている。

昨日から、体調がよくなかったが、

今日は、養生してたからか、すっかり、具合もよくなりつつある。

最近は、今まで週一で行っていた水泳もやってないからか

体調を崩す頻度が多い。

忙しい、忙しいという言い訳で、すっかり水泳をサボッて

たくましく生きていなかったかもしれない。

泳ぐことの大切さと、感謝と喜びを忘れていた。

思えば、水泳を始めるまで僕は体が弱かった。

再確認した。少しオーバーだけど

自分が、水泳によって保たれていると。

僕の自己というものは、水泳というものが

かなり大きなものなのかもしれない。

もう誰もが知っているが、今年も来年も21世紀にあたる。

21世紀を生きる僕たちへと、司馬遼太郎からのメッセージ。

彼は言った、僕たちには未来があると。

言っていることは、優しさと愛が溢れているが、実は厳しい。

ものすごく簡単そうで、難しい。

だって、そのことを実践できない人が多くいるのだから。

自分がいないであろう、21世紀を僕らに託したとも取れる

司馬遼太郎の切なる願い。

遥かな過去の時代を書き、現代を書き、そして未来を願い書き残した。

自己を確立せよと言った。

自分に厳しく、相手にはやさしくと言った。

そのために訓練せよとも言った。

自然に感謝せよとも言った。

そして、すなおでかしこい自己を、

たのもしい君たちになるためにと言った。

どこか切なくも、未来への希望を馳せた文章だった。

「洪庵のたいまつ」では、後世にあたる自分たちは

先人たちへの感謝を忘れてはいけないことを語っていた。

いつの時代でも、たのもしい人々がいて、僕らに何かを教えを残している。

そんなたのもしい人へと、僕らもなるために。

21世紀を超えて、22世紀まで人の心に残るような人物へ。

今この本が取り上げられている。

今の時代、僕らは思い上がっているのかもしれない。

自然も社会も、僕ら個人としても

荒んできているともとれなくはない世の中だ。

司馬遼太郎は、今のような世界を空想しただろうか。

いや、それでも君たちには未来がある。

素晴らしい未来があると信じているのだろう。

最後に、

君たちの心の中の最も美しいものを見続けながら、

以上のことを書いた。

と、書き綴っている。

僕は、司馬さんの本をそんなにたくさん読んでいないが、

読んできた本は、素晴らしいものだった。

この素晴らしい人の信頼を裏切りたくはないと思っている。

もっと、真っ直ぐで、楽しくて、たくましくなりたい。

多くのことに感謝を。そして2006年に別れを告げて2007年に向かいたい。

僕の自己は、晴れ上がった空へと、高々と向かうのだろうか。

もう、20歳も超えたのだが、

目の前に大きな未来が広がったように思えた。

僕の読んだ本は、写真ではなく直筆原稿の載ったものだった。

それを見て、もうこの人はいないのだと思うと、少し切なくもなった。

この本は借り物なので、今度は自分で購入したい。

2007年、いい年であって欲しい。

そしてもう、僕らが主役となる世の中になってくるのかもしれない。