『百鼠』 吉田篤弘

百鼠 (ちくま文庫)  百鼠

相変わらず、生活感があるのに幻想的な物語を書いている。

吉田篤弘=クラフトエヴィング商會。

おかしな話ばかり作っているのに、読む側の期待を裏切らない、

温かみのある話を提供してくれる。

この本は3つの短編の形式をとっているけど、

変わっているところは、3つとも長編の構想の序章にあたる部分だけを抜き出している。

後書きによると、いつか続きを書きたいと言っているが、

正直、書かないんじゃないかなと思う。

まだ、始まったばかりの物語だけど、ささやかに締めくくられている。

完結とは言えないけど、終わり方はとてもキレイ。

・一角獣

一本の角が生えた、というより、

十センチに満たない突起物がついた自転車を拾ったモルト氏の物語。

過去の回想を交えながら、モルト氏の現状というか認識が、

少しずつ変わっていく様子が、寂しげでもあり、穏やかでもある。

ごくごく普通の物語だけど、バッジ屋とか名刺屋とか

変な職業がアクセントになっていて、少し変な感じ。

読み終えると、自転車に久しぶりに乗った時の爽快感も得られて心地よかった。

・百鼠

3つの物語の中で、もっともおかしな話で、よくわからない。

でも、そのよくわからないところが、この作者の好きな所なので

もっとも、「らしい」作品かなと思う。

主人公は、地上の作家が三人称で小説を書く時に、

第三の声となってサポートをするのが職業という「朗読鼠」

作家に三人称の小説での、いわゆる神の目となり言葉を放すのが仕事らしい。

ほら、もうよくわからない。

しかも一人称の小説を読んだり書いたりすることは罪にあたる世界だという。

そんな世界で、規則正しく生活をする朗読鼠が、一人称に興味を持ちだし、

ある出来事をきっかけに地上へと行くことになる、といったところが筋書きになっている。

まさに序章といった物語で、よくわからないけど実に面白い試みの物語だと思う。

・到来

一番現実味があって、もっとも普通の物語だと思う。

普通すぎて、コメントしにくい。

娘の視点と母の視点が、微妙にずれていて、

娘のジレンマが感じられるけど、悪意までは感じられなくて、

ほがらかなラストを迎えられそうだなとは感じた。

「私」と「母」と、小説家である母の書く私をモデルとした「彼女」

視点の違いが、鍵となる話になるだろうなと思う。

もっと言うと、「私」と「彼女」の関連性が。